ひのきみ通信 第39号

1999年11月26日

 「毎年の例で、漁期が終りさうになると、蟹缶詰の『献上品』を作ることになっていた。……『石ころでも入れておけ!かまふもんか!』」
(小林多喜二「蟹工船」より)

目次

校外学習沖縄訪問記 萩倉 良(国府台高校分会)
「君が代」ってどういう意味
 〜11・6「日の丸・君が代」の強制を許さない集いにて〜
渡部秀清(浦安高校分会)
シカト? 浦安分会職場新聞「埋立地」より
2月の授業の件その後 根津公子(八王子石川中)
柏市と松戸市の教育委員会が自由主義史観の映画上映会を後援 編集部
2・11「日の丸・君が代」強制反対千葉県民集会と
 「新聞広告」への賛同カンパについて
「日の丸・君が代」対策委員会
編集後記 stylo rouge
お知らせ

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校外学習沖縄訪問記

萩倉 良(国府台高校分会)

○沖縄訪問まで

○沖縄

 10月27日(水)
 7時羽田集合。遅刻の多い生徒達が、このときはほぼ時間通り集合。那覇に着いて即座に読谷村に。米軍基地のなかにある役場の隣の公民館で全体講話。米軍基地のなかで生活し、基地闘争の歴史のなかで生きてきた人の話に、320名の生徒はシーンと聞き入る。その後、2〜3クラスごとに、シムクガマ・チビチリガマ・座喜味城の3ヵ所に行き、それぞれの場所で話を聞く。ガマ体験は大きな衝撃だった様子。いつもはデレデレしている孔雀族とコギャル生徒の表情も、このときは真剣。那覇のホテルに宿泊。
 10月28日(木)
 午前中、県立平和祈念資料館もしくはひめゆり平和祈念資料館に行く。午後からフィールドワークに出発。例えば私のクラスの6つの班のテーマは以下のとおり。「沖縄の魚」「闘牛」「沖縄の植物」「海の環境問題」「首里城」「沖縄特有のだがし」。博物館や水族館、市場の店や工場などに出掛けて行く。夜は食事後、各クラスで聞き取り調査についての報告会を行う。那覇のホテルに宿泊。
 10月29日(金)
 1日フィールドワーク。原則2カ所訪問。闘牛の班は、沖縄タイムスの記者が年休をとって、自分の車で闘牛所有者のところをまわって、実際の闘牛をみせてくれるとのこと。恐縮しきり。夕方、生徒達は読谷村のリゾートホテルに帰ってくる。聞き取り先で親切にされた生徒達は、感動の表情。ある生徒は「あのおじさん、日本で一番いい人」とのたまう。訪問先で御馳走になったり取材を受けたりした班も。多くの生徒は、夕方のビーチに。平和学習で重く辛い体験をした生徒も、海の美しさに無邪気に喜ぶ。実に微笑ましい光景でした。
 10月30日(土)
 2〜3クラス毎に観光コースをみて、2時過ぎに那覇出発、4時半に羽田で解散。

○帰着後

 余韻の後は、訪問先に礼状、そして報告集のレポート作成。平均年齢の高い職員は疲労回復まで時間を要したものの、爽やかな疲れでした。

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「君が代」ってどういう意味

〜11・6「日の丸・君が代」の強制を許さない集いにて〜

渡部秀清(浦安高校分会)

 11月6日、東京の「都労働スクエア」(八丁堀)で開かれた上記集会に参加した。
 そこには、首都圏から約450人が集まった。
 集会では、最初に、呼びかけ人代表の山住正己氏(前都立大総長)が、次のような話をした。

 「11月5日に、『日の丸・君が代』強制反対の『ホットライン』を開設したということで、記者クラブで記者会見した。そこには、文部省が置いた『日の丸』があったので、会場の外に出した。すると、しばらくして、10数名の文部省の役人が来て、それを中に入れようとした。『文部省管轄の建物だから』と言う。少しもみ合いになった。結局、置いていったので、それに黒い幕をかけて記者会見を続けた。しかし、このようなことがまかり通れば、学校は教育委員会の管轄になるということで、問答無用で強制されるようになる。(そうなると、日本国は政府の管轄になるので、政府はどこにでも強制できるということになるかもしれない)。『建国記念の日』の法案は7年かかってやっと国会を通過した。それと比べてみても、今回の法制化はいかに異常かということだ。」

 集会の内容は、パネルディスカッションで、以下の人たちが話した。
 佐高 信(評論家) 石田英敬(東大教授) 内田雅敏(弁護士) 田中祐児(高校教師) 辛 淑玉(在日韓国人) 山谷新子(宗教者)
 以下それぞれの人の特徴的な意見を紹介する。

佐高: 日本民族は単一民族か? 最近の法制化論者たちは「そうだ」と言うが、戦争中は、「日本民族は優れて混合民族だ」という説が、優勢だった。そして、五族(ヤマト、朝鮮、漢、満州、モンゴル)協和などと言っていたのである。長銀に税金を4兆円も使って10億円で売る。これは、日本を売ることではないか。(そういえば、米軍基地もそうだな)「日の丸・君が代」を強制する奴にろくな奴はいない。リクルート事件で捕まった高石などはその典型だ。(若者でも、右翼や暴力団、暴走族が「日の丸・君が代」を好きだというのは共通している。すると、そういう連中がこれから社会でのさばるようになるのか)
辛 : 最近、在日の歌手に「君が代」を歌わせている。ザンコクだ。
山谷: 戦前、日本が朝鮮のキリスト信者に神社参拝を強制した。朝鮮のキリスト信者が、日本の教会に支援を頼むと、「キリスト教を信じるなというのではないから、別にいいじゃないか」と言って取り合わなかった。それで、何人もの人が信仰を守り、弾圧された。
いまでも、「日の丸」を掲げるくらいで大騒ぎすることではないじゃないか、という人がいる。昔に戻らないとは言い切れない。
石田: 大学への強制がすすんでいる。国立大学の独立法人化の問題で「にらまれたくない」というのがある。日本国が自信喪失に陥っている中で、ムチャクチャなやり方でナショナリズムを煽ろうとしている。
内田: 戦後、刑法73〜76条にあった「不敬罪」(天皇を敬わないという罪、なんでも適用された)は削除された。「日の丸・君が代」の法制化はこれを復活するものである。

 そうした中で、埼玉の高校教姉の田中氏の発言は笑えた。
 彼は、次のようなことを話した。

 文部省の調査では、埼玉は一応100%実施になっているが、それは形だけで、実際に『君が代』を歌っているのは、1割に満たないだろう。
 今の高校1年生は、『君が代』義務化された時に小学校に入ったこどもたちだ。だから、9年間、『君が代』を歌ってきているはずだ。
 そこで、私は、授業で彼等に『君が代』の歌詞を書かせ、その意味を書かせてみた。すると、歌詞を満足に書けたものはあまりいない。意味に関しては、次のような事を書いてきた生徒もいた。
 「天皇は長く長く生きたので岩となって苔のムースがついてしまった」
 「天皇の世は長いのでさざれ石の岩音が鳴って苔が蒸してしまう」
 「私はあなたを愛しでいるのでいつまでもいつまでも待っている」
 「あなたが1000才、8000才になっても私は愛している」などなど。

 政府は、天皇を若者に売り込もうとして、即位10年などといって必死にキャンペーンを張り、「君が代」も強制しようとしているが、こんな時代遅れの歌で若者の心をつかめると思っているのだろうか。

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シカト?

浦安分会職場新聞「埋立地」より

 12日、雨のぱらつく中、天皇在位10年の「式典」と「祭典」が行われた。不景気の中でこのような無駄使いを行うことに、さすがに遠慮したのか、天皇は次のようなことを言っている。

 「経済状況の厳しい中で、お祝いをしてくださることを心苦しく思っていましたが、お祝いの気持ちには深く感謝し、うれしく思っています。」(「朝日」)

 しかし、自民党・政府は、これを政治的に利用し、「日の丸・君が代」の徹底と、天皇崇拝を強めようとした。特に、皇居前広場で行われた「祭典」には力を入れたようだ。私が手に入れた『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』の要項には次のようなことが書かれてあった。
 少し長くなるが以下に紹介する。

 「即位の礼が行われたのは平成2年11月12日。この日を記念して政府では、記念切手や記念硬貨を発行し、宮内庁庁舎前では朝9時がら一般国民の祝賀記帳を受け付けます。午後2時からは全国から知事や関係者が集い、政府主催の記念式典が国立劇場で開催されます。
 そこで民間でも『御即位十年祝賀記念日』のこの日、皇居前広場並びに皇居外苑において『みんなで祝おう ご即位十年 みんなで集まろう 皇居前広場』を合言葉に『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』を実施することとなりました。
 国民祭典は2部構成となっており、午後3時からの『第一部 祝賀パレード』では、全国各地からお祝いの郷土芸能が来て、華やかなパレードを繰り広げます。青森のねぶたや飛騨高山まつりの森の金鶏台などが東京で一度に見られるのはこの日だけ。沿道でご自由にご覧下さい。
 午後5時40分からの『第二部 祝賀式典』では、各界から著名人が集まり、天皇陛下へのお祝いのメッセージを捧げます。
 ソプラノ歌手の藍川由美さんによる国歌の独唱、そして参加アーチストの先導による数万人の国歌斉唱が行われます。両陛下がご覧になるなか、皇居前広場で国歌“君が代”の大合唱をする・・・・この感動的な歴史的シーンにあなたもご参加になりませんか?」

 この中で、「郷土芸能パレード」は、24団体が参加し、千葉県の「東金囃子の山車とお囃子」(150名)などというのもあった。
 第二部の司会は草野仁(TBS「世界不思議発見」などの司会をしている)となっている。
 「お祝いメッセージ」には、次のような人達も登楊する。

 [参加方法]は、第一都は誰でもOK。第二部は、ハガキで申し込む(10/31締めきり)ことになっていた。
 では、その実態はどうであったか。
 まず、「祝賀記帳」であるが、開門前の坂下門に集まったのは、わずか60人程。これでは、かつての銀杏祭のバザー(保護者の勤務地である築地の魚河岸から鮪などを持ってきて売ったりしたこともあった)並みである。全体でも8501人だったという。
 また、「祭典」の方であるが、「開会前に一時、激しい雨が降った。参加者に配られた日の丸とちょうちんはびしょぬれになった」(「朝日」)ようだ。言わば天からも「水を差され」、「水の泡」になった格好である。これでは、意気が上がらない。参加者も「数万人」ならぬ、約2万5千人(警視庁調べ)にとどまったようである。あれだけの、有名人を集めてもこの体らくである。まさに、国民からシカトされたと言っても過言ではない。
 これで、天皇を持ち上げ、「日の丸・君が代」を押し付けようとしている連中は国民の中の極めて少数だということが、天下に明らかになった。
 夕方開かれた抗議の職場交流会で、千葉高教組の仲間が、「20年まで持たないから、10年でやったのじゃないの」と言った。さもありなん。

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2月の授業の件その後

根津公子(八王子石川中)

 11月21日の「朝日新聞」に、「国旗・国歌取り上げ『自分で考えて』、授業内容で中学教師処分、八王子市教委」という見出しの記事が載りました。
 このことについては、すでに、「ひのきみ通信」の31号(1999.5.11)、36号(1999.10.5)でお知らせしてあります。
 しかし、新聞報道されましたので、その後の経過などにつき、根津さんから送られてきた資料をもとに報告しておきます。
 新聞報道によると、「処分後、同校の校長がこの教師の授業の参観を行っている。」とあるが、その実態は以下のようなものでした。

 10月14日、3校時、3−5の授業。
 宿題の点検が終り、プリントに入ろうとしていたところに校長やってくる。「校長が監視に来た」とK。教室内がざわめく。
 「わかるように説明して下さい」「なぜ話せないんですか」。校長に対して質問が飛び交う。
 「この前説明したとおりです。他にはありません。さあ、授業をすすめてください」と校長。
 私は、「今まで授業をしていたのに、校長が来たから、こうなったんですよ。今、子どもたちの関心はどこに向いていますか。授業なんて進められる状態ではないでしょう。おわかりでしょ。校長がきちんと質問に答えなければ、授業には移れませんよ。説明してあげてください。私も生徒たちと信頼関係が成立しない中で授業はできません。」と言い、しばし教卓の前で黙っていた。
 すると、校長は、「では質問に答えます」と出た。
 3つの質問が出た。「先週の水曜日の緊急連絡網で、プリントを持ってくるよう流れたが、なぜ昼間はプリントが使えなかったのですか。」「テスト問題に、家庭科の問題ではないものでものっていたのですか。」「なぜ家庭科の授業を監視にくるのですか。」
 校長は、例の、「私の方のチェックが終っていなかったこと」について話をした。「学校から出るプリント類は校長の目を通すことになっています。」「ウソーッ」と私がつぶやくと、校長は、「月曜日に根津先生に話した。2日前にプリントは出してほしいと言った。翌日のテストだったので、テストはできなかった」と。
(編集部注:10月6日、秋山校長は、1年4・5・6組保護者宛に、「中間テスト(家庭科)の実施日の変更について」という文書を出し、2日延期させた)
 そして、授業については、「授業を見に来てほしいと根津先生から頼まれたから」と生徒に向かって言った。
 聞いていて私は、思わず「ウソーッ」と言った。
 生徒の一人は、「数学のテストも校長先生が見ているのですか」と再度質問したが、校長は答えない。そして、校長は、「これ以上は私から話すことはない。これ以上は、根津先生のプライバシーに関することになってしまう」と言う。生徒たちはブーブー言ってやまない。私は、「プライバシーなら、明かにして下さい。私は構いませんから」と校長に言うが、校長は「私からはこれ以上言えない」「根津先生が話すんならいいですけど」と付け加えたので、校長に念を押した。
 「話をして処分ということにはなりませんね。大丈夫ですね」と私。確認してから3つの質問に答えた。
 「テストとプリントについては校長先生が言ったように、私だけ。私が作ったプリントはすべて2日前に見せろと命じたのです。テストは4〜5日前には、だいたい頭の中で考えていて、3日前に文字にし、それから前日の月曜日までに、何度も何度も見直して、これで大丈夫という状態になったのです。でも、校長は私にだけ職務命令を出して、プリントを見せろと言う。職員会議で話し合うことになっていたので、その前にプリントを見せるわけにはいかないので、何日もかけて作ったテストは捨てて、5項目、たとえば「うどんの作り方」とか「洗剤の種類」とかだけ書いた用紙2枚でテストをやることになりました。全職員に了解を得てのことです。テストが作ってなくて、テストの日が延びたのではありません。職員会議で解決したので、今使っているプリントは使えるようになったのです。」
 「校長先生が授業を見にくるのは、私が頼んだのではありません。職務命令の一つでした。ただ見にくるのなら、私は歓迎します。でも、私だけを監視するというのなら、私はとてもいやです。監視などされたくありません。授業は、事実や知識を知り、それをもとに各々の考えを出し合うことにあると思いますが、監視されていては、考えを出し合い、話し合う、考え合うことがスムーズに行かなくなります。だから、いやなのです。」
 「今回の話しは以上ですが、その原因、背景を話さないと理解できないでしょうから、少し話します」と言ってから、校長に「どこまでならいいですか」と聞くと、「2月の授業についてにして下さい」という。そこでそこから話しをした。(中略)
 3校時終了のチャイムが鳴ってしまったが、そのまま聞きたいという生徒たち。「じゃあ、次の授業の先生が来るまでね」と言って、また校長に「日の丸・君が代の歴史的事実についてなら話してもいいですね」と了解を求めて、話しをした。戦前・戦中に教壇を追われたかつての教員たちのことも話しをした。

10月15日、1〜2校時、3−4の授業。
 1校時、「ほんとうはどういうことなの」という声がいくつも上がるが、遺伝子組みかえ食品についての授業を行った。休み時間になると、私の周りに10人近くの生徒がやってきて、そのうちの一人は、「校長先生に聞きに行ったら、家庭科のテストのチェックが終っていないから、テストはできなかった。
根津先生だけが見せてくれなかった、と言っていたけど、本当?」と聞く。また一人は、「A君が言っていたんだけど、家庭科のテストに、国旗・国歌の問題を出したから、その問題でテストができなくなたって本当?」。それらが事実でないことだけを話した。すると子どもたちは、「5組に話したように私達にも話して。話してもいいことになったんでしょう」「私達の卒業式にも校長先生は日の丸と君が代をやるの?」。口々に言う。
 「昨日は校長の許可が出たので、5組で話せたけど、その後、みんなに話すことを私は校長先生から禁止されたので、話すことができない。」と私は答えた。
 2校時始業のチャイムが鳴ると、皆一斉に席に着くや、「先生、話して」「校長先生呼んできてもいい?」と、いろいろなところから声が出た。
 「授業だけれど、全員が話しを聞きたいのかしら?一人でも聞きたくない人がいたら、授業を続けます」と答えると、「話しを聞きたい人?」の声。その声に呼応して、全員が挙手した。それを確認するがはやいか、一番前の席の生徒は、「校長を呼んでくるー」と走り去った。数分して、校長を連れてきた。
 校長は、「朝会の時話したことですべてです」と言った。
 「朝会のこと、詳しく話してほしい」と生徒。
 校長、「私のチェックが終っていないから」
 B子さん「私たちが聞きに行ったら、他の先生のもチェックしている、と言ったけれど、それはうそでしょ。」
 校長「校長の責任として出ていく学校のプリントは私が見ている。前の日では(チェックが)厳しい。2日前に出してほしいと、先週の月曜日、根津先生に言った。でも、根津先生は見せてくれなかった。」
 私は事実と違う部分を指摘した。
 私は「それも事実じゃないですね。私の授業だけを見に来ているのが事実ですよね」とたたみかけたが、返事はしない。
 校長「『チェック、根津先生だけ?』については、プライバシーに関わることだから、私からは言えない。これ以上は言えない。」
 私は「私のプライバシーの問題なら話して下さい」と言う。
 「私は校長、根津先生は職員です」と校長は締めくくろうとした。
 でも、子どもたちは、「なぜ言えないんですか?」
 校長「職務に関わることだから」と。
 「じゃあ、誰に聞けばいいんですか?」「この学校の生徒だから、私達、聞く権利があるでしょ。」
 (中略)
 …校長は、「余計なことは言わないで下さい。授業は時々見に来ますからね。授業をすすめて下さい」と言い置いて、子どもたちの非難の声の中、退室していった。
 (中略)
 チャイムが鳴り、終りにすると、「結局、校長先生は、自分の地位だけを守ろうとしているんだ」と何人かが言ってきた。そして、また校長室に質問に行った。

「日の丸・君が代」対策委員会では以下のような抗議文を八王子市教育委員会あてに打ちました。みなさんも抗議文や新聞への投書などをやって下さい。
八王子市教育委員会 様
抗  議  文
1999年11月24日
千葉県高等学校教職員組合「日の丸・君が代」対策委員会

 私達は、新聞報道で、貴教育委員会が、八王子市立の中学校教師に対し、「校長の学校運営方針を批判するに等しい」との理由で、「文書訓告」をしていたということを知った。
 しかし、「自分で考えることの大切さ」を訴えた教師の授業のどこが問題なのか。
 校長の学校運営方針を批判して何が悪いのか。
 しかも、この教師は、事前に校長に「問題点があれば指摘してほしい」とプリントを見せているいるではないか。
 さらに、都教委は、報告を受けて、「不適当な部分はあるが処分にはあたらない」と決定しているではないか。
 にもかかわらず、「文書訓告」を出すとはどういうことなのか。
 また、貴委員会の和田信行・学校教育部付参事は次のようなことまで述べている。
 「卒業式などの国旗掲揚・国歌斉唱は学習指導要領に明記されている。考えましょう、と生徒に呼びかけるのは指導要領に異を唱えることで、受け入れられない」
 この言葉に至っては、「あなた達はいつの時代に生きているのか分かっているのか」と思わざるを得ない。
 中学校教師は、憲法・教育基本法に基づく立派な教育をしているのに対し、憲法・教育基本法に違反し、日本の民主教育を破壊しているのは他でもないあなた達である。
 即刻、「文書訓告」を撤回し、和田氏の発言を取り消すよう強く求めるものである。

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柏市と松戸市の教育委員会が自由主義史観の映画上映会を後援

編集部

 10月、柏市は、「南京1937」上映会の会場使用許可を取り消すということをやりました。その柏市が、今度は、自由主義史観の映画上映会の後援になっていることが分かりました。
 その上映会とは、12月10日に柏市で開かれるもので、映画の題名は「大東亜戦争と国際裁判」「天翔る青春―日本を愛した勇士たち」というものです。しかし、これらの映画は明かに、戦前の戦争を肯定しているものであり、憲法に違反するものです。
 「日の丸・君が代」対策委員会では、以下のような抗議文を、柏市教育委員会宛に出しました。

柏市教育委員会 様
抗  議  文
1999年11月24日
千葉県高等学校教職員組合「日の丸・君が代」対策委員会

 私達は、最近、貴委員会が、12月10日に柏市で開かれる「大東亜戦争と国際裁判」「天翔る青春―日本を愛した勇士たち」という映画の上映会の後援をしていることを知った。
 しかし、これらの映画は明かに、戦前の戦争を肯定しているものであり、明確に憲法に反するものである。
 私達は、人々の表現の自由を否定するつもりはない。
 しかし、地方自治体が憲法に反する映画の上映会の後援をするということは、許されるものではないと思う。
 しかも、柏市は、10月には「南京1937」の上映会の会場使用許可を取り消し、住民の表現の自由を守ることをしなかった。
 柏市は、憲法を蹂躙する自治体になろうとしているのか。
 私達は、後援の取り消しを強く求めるものである。

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2・11「日の丸・君が代」強制反対千葉県民集会と
「新聞広告」への賛同カンパについて

「日の丸・君が代」対策委員会

 11月5日の拡大中央委員会で激論の末、上記取り組みの内容がほぼ決定しました。
 県民集会には、前沖縄県知事の大田さんが来てくれることになりました。
 賛同カンパについては、多くの個人名(職場、肩書きなど)を出すことになりました。その理由は、

  1. 反対しているものがこんなにもいると言う事を県民に知らせることができる、
  2. 保護者や生徒たちに反対の意思を伝えることができる、
  3. 良心宣言ともなる、
  4. すでに攻撃をかけられている仲間に対する支援にもなる、ということでした。

 集会の成功は、宣伝と賛同カンパの広がりにかかっています。大きな世論を作り出し、県民の連帯の輪で強制するものを包囲していきましょう。

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編集後記

 編集の最中に、八王子市教委による処分が新聞報道された。また、柏市教育委員会による自由主義史観映画上映会の後援の話しが入ってきた。2・11県民集会と賛同カンパを成功させことがさらに重要になってきた。
(stylo rouge)

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お知らせ

11月26日(金) 18:30〜 細菌戦被害者の証言集会 シニアワーク東京
11月27日(土) 13:00〜 琉球映画祭 千駄ヶ谷区民会館
11月30日(火) 18:30〜 沖縄米軍基地の県内移設を許さない!「戦争協力を許さないつどい」 日比谷野外音楽堂
12月3日(金) 10:00〜 県教研・平和民族人権 「カンカラ三線を作ろう」
 「中国山地教育交流に参加して」 「沖縄修学旅行を実践して」
千葉県教育会館202
12月3日(金) 18:30〜 「日独裁判官物語」 かながわ県民センター(横浜7分)
12月4日(土) 13:30〜 県教研・民主的学校「東京都『管理運営規則』改悪の攻撃と闘って」 千葉県教育会館202
12月4日(土)
 〜5(日)
  教育委員の準公選をすすめるための全国交流集会 名古屋大学教育学部
 (東西線本山15分)
12月5日(日) 10:00〜 第13回日本民教連交流研究集会・すすめよう私たちの教育改革を 武蔵野美術大学
 (西武国分寺線鷹の台19分)
12月5日(日) 13:30〜 シンポジウム「民衆の安全保障」
 新崎盛暉、松井やより、ダグラス・ラミス他
渋谷勤労福祉会館
 (渋谷8分、渋谷パルコ前)
12月6日(月) 15:30〜 中国細菌戦被害者裁判第12回公判 東京地裁103
12月7日(火) 18:30〜 前進座公演「母」 千葉市民会館(千葉6分、東千葉2分)
12月7日(火) 11:30〜 橋本策也さん内申書・指導要録全面開示裁判 東京地裁611
12月8日(水) 18:15〜 「日の丸・君が代」法制化と教育 講師:小森陽一、ユン・クォンチャ他 全国教育文化会館
 (有楽町線麹町、日本テレビ側出口)
12月8日(水) 18:30〜 「アジアフォーラム横浜」12.8証言集会:高嶋伸欣他 かながわ県民センターホール(横浜7分)
12月9日(木) 18:00〜 なぜマレーシアで華人が虐殺されたのか・鄭来さんの証言を聞く会 船橋市勤労市民センター3F第1会議室
12月9日(木) 15:30〜 北原さん「日の丸」処分撤回訴訟 東京地裁710
12月10日(金) 13:00〜 戦争犯罪と戦後補償を考える国際市民フォーラム 東京ウィメンズプラザ(表参道7分)
12月11日(土) 13:00〜 「象徴天皇制」と「日の丸・君が代」 講師:桜井大子、池添徳明他 埼玉県労働会館(JR北浦和西口5分)
12月11日(土) 13:30〜 シンポジウム「子どもたちの未来が危ない!」
 講師:姜尚中、金城睦、櫛渕万里、暉峻淑子
労働スクェア東京
 (日比谷線・京葉線八丁堀3分)
12月11日(土)
 〜12(日)
10:00〜 戦争犯罪と戦後補償を考える国際市民フォーラム 社会文化会館(永田町8分)
12月12日(日) 14:00〜 教員への管理強化は子どもの自由を奪う「いじめ社会の子どもたち」
 講師:鎌田慧
赤坂区民センター(赤坂見附10分)
12月12日(日) 10:00〜 シンポジウム「戦時・性暴力 過去−現在 にどう立ち向かうか」 早稲田大学国際会議場
 (東西線早稲田3分)
12月13日(月) 13:15〜 増田都子さん足立十六中名誉毀損捏造事件判決 東京地裁713
12月13日(月) 11:00〜 早川由紀子さん文京七中職業病解雇無効訴訟 東京地裁710
12月14日(火) 10:00〜 社会科教研 「授業実践報告」 「アイヌ民族解放と日本社会」 千葉県教育会館
12月14日(火)
 〜19日(日)
10:00〜
〜16:00
第1回ちば人権展 千葉市文化センター(千葉8分)
12月16日(木) 10:00〜 所沢高校不当処分人事委員会公開口頭審理 さいたま共済会館(JR浦和8分)
12月16日(木) 16:30〜 中村さん「分限免職」裁判 干葉地裁501
12月18日(土) 14:00〜 「新しい歴史」教科書を批判検討するシンポジウム カンダ・パンセ801
12月18日(土) 18:00〜 「えんとこ」上映会 千葉市文化センター(千葉7分)
12月19日(日) 13:00〜 GRAND WORKSHOP
 発言者:新崎盛暉、内田雅敏、ダグラス・スミス、宮崎学、太田武二
赤羽会館(JR赤羽5分)
12月20日(月) 16:00〜 大野真理子さん「公務災害認定」訴訟 浦和地裁101
12月21日(火) 18:30〜 喜納昌吉ライブ 北沢タウンホール
12月23日(木) 13:00〜 「学校を救え!脱学校崩壊宣言」 講師:喜納昌吉、寺脇研、保坂展人 四街道市文化センター
 (JR四街道10分、市役所隣り)
1月22日(土)
 〜23日(日)
14:00〜
〜12:00
第9回「日の丸・君が代」反対!学校と地域をむすぶ連絡会 日本基督教会館&早稲田奉仕園
1月31日(月) 13:30〜 アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求裁判 東京地裁713
2月11日(金) 14:00〜 「日の丸・君が代」の強制に反対する県民集会 千葉市民会館

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