ひのきみ通信 第206号

2017年5月20日



「施行70周年 いいね!日本国憲法
5・3 憲法集会」
(17.5.3 有明・東京臨海防災公園)

目次

市民連合 各地で 続々結成
 統一候補擁立の歴史的意義
みつはし ひさお(千葉高退教)
共謀罪とオリンピック
 高校生と教員
渡部秀清(千葉高退教)
「森友替え歌」第2弾
 元歌は『ちいさい秋みつけた』
T.T.0554(千葉高教組市川
 支部「ひょうたん島研究会」)

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市民連合 各地で 続々結成
統一候補擁立の歴史的意義

みつはし ひさお(千葉高退教)


「千葉県市民連合」発足学習会(17.1.29)

 「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(以下、市民連合)が、2015年12月、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会、安全保障関連法に反対する学者の会、安保関連法に反対するママの会、立憲デモクラシーの会、旧SEALDsによって結成された。そして、2016年7月の参議院選挙に向けて、32の一人選挙区すべてにおいて野党統一・市民連合推薦候補の擁立を実現し、11の一人選挙区で勝利することができた。この成果を受けて、来たるべき衆議院総選挙に向けて、全国各地で市民連合が結成されている。
 千葉県でも、今年1月29日の千葉県市民連合の発足に続き、県内13の小選挙区それぞれで市民連合の結成が続き、6月11日の千葉10区結成をもって、すべての小選挙区で市民連合が結成されることになっている。そして、各小選挙区で野党統一候補の擁立が目指されている。
 そこで、野党統一候補擁立はたんなる選挙戦術ではなく、非民主的選挙制度の中で民主的選挙を実現するための戦略的行動であることを明らかにし、その歴史的意義を指摘したい。
 どのような選挙制度だと民意を反映することができるか、日本ではあまり研究されてこなかった。それは、イギリスやアメリカでもあまり変わらないようだ。しかしフランスでは、革命期以来、選挙制度の研究が続けられてきた。その成果は、フランスのみならずヨーロッパ各国でも、現実の選挙制度に生かされてきた。ここではヨーロッパにおける選挙制度の研究成果を全面的に紹介するわけにはいかない。研究成果の大きな部分は比例代表制に関するものであろうが、これについては今回のテーマとは関連が薄いので割愛し、小選挙区制の問題だけ考察したい。
 前述した非民主的選挙制度とは、単純小選挙区制のことである。民主的な民意集約・意思決定の方法としては問題の多い、この単純小選挙区制について、まず見ていこう。
 あらためて説明するまでもないと思うが、単純小選挙区制とは、全国をいくつかの選挙区に分け、各選挙区の中で最多の得票を獲得した候補1名が当選するという選挙制度である。この制度は、一見するとわかりやすく見えるため、イギリスやアメリカ合衆国では、伝統的に採用されてきた。しかしこれについては、すでに数多くの問題点が指摘されている。
 まずこの制度では、得票数第1位の候補(=当選者)は、当選のためには有効投票数の過半数(これを絶対多数と呼ぶ)の票を獲得する必要はない。理論的には、得票率10%未満でも当選可能である。つまり、その候補に対する反対者が9割を越えていても、当選できるわけである。このような制度は「勝者総取り」とも呼ばれ、少数意見(勝者以外の意見)の切り捨てを制度化したものである。当然のことながら、当選者以外の候補に投ぜられた票は、膨大な死票になる。
 以上の弊害は、1選挙区に3人以上の立候補者があった場合に顕著となる。その結果、単純小選挙区制を採用しているイギリスの議会選挙では、各政党の獲得議席数と支持率とのあいだに、恒常的な不均衡が生じている。また、2000年のアメリカ大統領選挙では、共和党のブッシュJr候補、民主党のゴア候補、市民運動派のネーダー候補が立候補したが、ゴア候補とネーダー候補の主張が近く、支持層が競合したため、ブッシュJr候補の得票が相対多数となり、かれが当選することとなった。
 ちなみに、アメリカ大統領選挙は単純小選挙区制ではないが、多くの州で「勝者総取り」方式が採用されているため、結果としては単純小選挙区制と同じ効果を生ずることになる。
 次の問題は、得票数がより少数である政党が、議席数ではより多数を占めるという、逆転現象が生じる可能性があるということである。これは、「勝者総取り」方式では、獲得した票の差は問題にされないため(1票差でも大勝でも同じ勝ち)、各小選挙区の勝者の数の合計と全国集計した各政党の得票数の合計とのあいだには齟齬が生じる余地があるからである。
 この現象は、さほど珍しいことではない。1951年のイギリス議会選挙では、労働党が第1位の得票を獲得したにもかかわらず獲得議席は保守党のほうが多く、その結果保守党内閣が成立した。1974年には、逆に保守党の得票数が多かったのに、労働党内閣が成立した。こういうことは、第2次大戦前にも2回起きている。
 また、2016年のアメリカ大統領選挙では、H.クリントン候補の得票数はトランプ候補より多かったにもかかわらず、トランプ候補が大統領に当選したのは、ご存じのとおりである。
 このような逆転現象を人為的に生じさせることは、技術的には可能である。それは、選挙区の区割りを変更して、各党の支持率が僅差の選挙区と大差の選挙区を意図的に作り出すことによって可能となる。すなわち、自党の候補が辛勝する選挙区と大敗する選挙区を作ることによって、得票数では負けていても選挙に勝つことができるわけである。このような操作を最初に行なったとされるのは、1812年当時のアメリカ合衆国マサチューセッツ州知事エルブリジ・ゲリーである。かれが制定した選挙区割りは非常に不自然な形になり、地図上ではまるでサラマンダーのように見えたため、以来このような手法はゲリマンダーと呼ばれている。
 説明が長くなったが、以上すべてが単純小選挙区制の問題点である。この選挙制度がいかに民主主義にふさわしくないか、おわかりいただけたと思う。
 これらの問題点のうち、逆転現象とゲリマンダーは、小選挙区制そのものに起因しており、選挙制度の工夫によって回避することは困難である。しかし最初の問題、すなわち単純小選挙区制では相対多数派が、たとえ1割の支持さえ得られていないとしても、議席数においては絶対多数を獲得できるという点については、制度を工夫することによってこれを回避することは可能である。
 つまり、単純小選挙区制ではない小選挙区制の提案である。これには、小選挙区移譲制、ボルダ制、コンクラーベ制など、いろいろな制度的工夫があり得るが、これらひとつひとつについて詳論すると長くなりすぎるので、ここでは小選挙区決選投票制についてのみ説明することにする。
 この制度は、フランスの大統領選挙と議会選挙に採用されている。理論的には、決選投票に残る候補者の要件はさまざまに策定することができるが、もっとも単純なものは、得票数1位と2位の候補者による決選投票である。つまり、第1回投票で有効投票数の過半数を獲得した候補者はその時点で当選であるが、過半数を獲得した候補者がいない場合は1・2位の候補者による決選投票で当選者を決定するわけである。
 この制度の利点は、当選者はかならず有権者の絶対多数の支持を担保できるという点である。すなわち、単純小選挙区制の最大の欠点である、得票数における相対多数派が議席数においては絶対多数を獲得できるという点については、完全にクリアしているということができる。決選投票制においては、絶対多数の票を獲得できない者は当選できないわけである。
 このことがいかに民主主義にとって重要であるかについては、1930年代のドイツの議会選挙をシミュレーションしてみることによって明らかになる。ご存じのように、1932年の議会選挙でナチス党が相対多数派になったのだが、反ナチス諸党派の合計のほうが多数であった。にもかかわらず反ナチス諸党派の足並みが揃わなかったがために、1933年にナチス党が政権を掌握し、独裁体制を確立するにいたったわけである。
 シミュレーションの条件として、反ナチス諸党派に投票した有権者は、いかなる場合にもナチス党には投票しないと仮定しよう。現実の政治プロセスには様々な要因がはたらくことは事実であるが、ここではシミュレーションのために単純化して考えてみることとする。
 当時のドイツの選挙制度は、完全比例代表制であった。この制度のもとで、前述のような政治状況が生じたわけである。そこで、当時のドイツで単純小選挙区制の選挙が実施されたと仮定しよう。すると、多くの選挙区でナチスの候補者が当選したと予想され、結果として1933年を待たずに早期にナチス独裁政権が成立していたことになる。
 では、小選挙区決選投票制であったなら、結果はどうなっていただろうか。おそらく多くの選挙区で反ナチス諸党派の候補が当選し、ナチスは少数にとどまっていたはずである。この結果からすれば、ナチス政権成立の余地はないことになる。
 さて、日本の衆議院の選挙制度は、単純小選挙区制部分と比例代表制部分の並立である。そして単純小選挙区制は、民主主義の選挙制度としては適性を欠いている。戦略なしに選挙戦に突入すれば、イギリスのように、あるいは従来の日本の選挙のように、民意と議席数との乖離が生ずるのは明らかである。
 しかし、単純小選挙区制の欠点をクリアするための小選挙区決選投票制を、選挙制度を変更することなしに、市民運動の力で実現することは可能である。それが野党統一候補の擁立である。市民の力で、あらかじめ立憲野党の候補者を一本化することによって、「自公」対「立憲野党」という事実上の決選投票を実現することができるのである。
 このような運動は、これまでの日本の憲政史になかったものである。のみならず、世界史的にも類を見ない運動と言ってもよいのではないだろうか。
 市民連合のさらなる前進によって、民主的な未来を、ともに築いて行こうではないか。

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共謀罪とオリンピック
高校生と教員

渡部秀清(千葉高退教)

(1)

 この原稿は5月17日午前中に書いています。報道では、本日中にも「共謀罪(テロ等準備罪)」が衆院法務委員会で強行採決されるのではということです。
 この法案の問題点は、多く語られていますので略しますが、「現代版治安維持法」という言葉に集約されると思います。「治安維持法」が作られたのは1925年、もしこの法案が通れば、約92年ぶりの悪法復活ということになるでしょう。しかも、この「共謀罪」については多くの人がよくその内容もわからないまま国会を通過しそうです。作日の「朝日新聞」の世論調査(電話)では、法案の内容について「よく知っている」が2%、「ある程度知っている」が35%、「あまり知らない」が47%、「全く知らない」が16%です。また、今国会で成立させる「必要がある」は18%、「必要はない」が64%です。

(2)

 ところで安倍首相は4月の国会で、「東京五輪・パラリンピックを控え、テロ対策に万全を期すことが開催国の責務だ」などと言いました。2013年のIOC総会では「(東京は)2020年を迎えても世界有数の安全な都市」と強調していたにも関わらず、です。
 また、安倍首相は5月3日の憲法記念日には、「日本会議」が主導する改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ、東京五輪が開かれる2020年を、「日本人共通の大きな目標。新しく生まれ変わった日本がしっかりと動き出す年」と位置づけ、「新しい憲法が施行される年にしたい」と述まで述べました。これは「2020年東京五輪」を口実に、「共謀罪」と「改憲」を強行するということです。オリンピックのあからさまな政治利用です。このまま日本が進めば、国際情勢が激化する昨今では、東京五輪はナチスが行った「ベルリンオリンピック」(1936年)の二の舞になるのではないかとも思われます。

(3)

 このような中、私は昨年以来、東京の仲間たちと一緒に『オリンピックってなんだ!』というビラを作り、主に都立高校の門前でビラまきをしています。昨年中は<第一弾><第二弾><第三弾>ビラを作り、今年4月からは<第四弾>として「『共謀罪』(テロ等準備罪)がないとオリンピックができない?」(裏面は「塚本幼稚園は安倍首相のモデル校〜教育勅語はすばらしい?〜」)というビラを作り、配布しています。
 <第四弾>ビラでこれまで私が関係したところは11校で、<杉並総合(69枚)>、<農芸(61枚)>、<西(62枚)>、<杉並(32枚)>、<杉並工業(97枚)>、<井草(75枚)>、<千歳が丘(71枚)>、<中野工業(99枚)>、<新宿(31枚)>、<戸山(44枚)>、<豊多摩(31枚)>というところです。
 「おはようございます。オリンピックと共謀罪に関するチラシです」と言って渡します。
そして「共謀罪って知っていますか」と聞きます。すると、進学校では無視して素通りして行く生徒たちが多いです。片手に参考書を持ちながら登校してくる生徒も結構います。どうやら進学校の生徒たちは勉強で頭がいっぱいで、社会問題には目を向ける余裕もなさそうです。ちなみに、豊多摩高のビラまきの時に、隣に若い男女の2人の予備校の方が資料配布をしていたので、「共謀罪って知っていますか」と聞くと、2人とも「知りません」という返事でした。
 それ以外の高校の生徒たちは、こちらの挨拶や質問にもある程度返事をしてくれますが、ほとんどの生徒は「知りません」と言います。「朝日新聞」の世論調査でも、「あまり知らない」が47%、「全く知らない」が16%ですから、無理もない話だと思いました。

(4)

 教員の反応ですが、特徴的なのは、中年以上の教員(特に女性)は比較的受け取りますが、若い教員は受け取らない傾向があるという事です。この間の教員管理の徹底や「政治的中立性」の名により、若い教員に無言の圧力がかかっているのかなとも思います。また、組合活動が弱まっていることも関係しているのかなとも思います。ただ、受け取った教員の中には「ご苦労様です」とか「ありがとうございます」と言う方は多いです。
 戦前、日本の教育は「教育勅語」に縛られ、教員は「聖職教師」などと言われ、国策遂行のための洗脳教育を負わされました。反対する教員は排除されました。その結果、多くの若者が戦場に送られ犠牲になりました。それに対する教員の大きな反省は、「社会問題に関する無知」でした。同じようなことが今また繰り返されようとしているようです。
 私が農芸高の前でビラをまいている時、小学生も通るので、「難しいかもしれないが、欲しかったらどうぞ。わからない所は先生に聞いてね」というと、何人かの子どもたちは受け取りました。しかし、その後「大丈夫です」と言って受け取らなくなりました。「どうしたの」と聞くと「学校で先生から受け取らないようにと言われた」と言うのです。
 2006年、「旧教育基本法」が「愛国心」を盛り込んだ国家主義教育に変えられました。あれから11年、若い教員たちはその下に育ちました。そして、組合運動の弱体化、教員管理の強化、教育内容の右傾化、教員の多忙化が進んでいます。そうすると若い教員の中に「社会問題に関する無知」が広がるのは当然なのかもしれません。
 現場の皆さん、多忙とは思いますが、積極的に周りの教員(とくに若い教員)と社会問題を話し、また生徒たちにも批判的に(あるいは問題提起として)社会問題を教えてやってください。

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「森友替え歌」第2弾
元歌は『ちいさい秋みつけた』

T.T.0554(千葉高教組市川支部「ひょうたん島研究会」)

 この『ひのきみ通信』の前号(4/1号)で、「2年ぶりに、替え歌を作ってみた/元歌は『ブルー・シャトウ』」という雑文を書いた。
 その数日後、前の歌がグループサウンズだったのに対し、今度は童謡で替え歌を作った。元歌は『ちいさい秋みつけた』、作詞はサトウハチロー、作曲は中田喜直の名曲である。
 替え歌は、以下のとおり。

【タイトル】怪しいアッキー喚問を(作詞:TT、作曲:中田喜直)

籠池さんが 籠池さんが 籠池さんが 喋った
怪しいアッキー 怪しいアッキー 怪しいアッキー 100万円
妻かくしアベさん 喚問拒否し
意気地(いくじ)無し与党は 追随ばかり
呼んでる野党と 民の声
怪しいアッキー 怪しいアッキー 怪しいアッキー 喚問を

 替え歌にコメントなど野暮と知りつつ、ちょっとだけ蛇足を書く。
 「アッキー」という音を聞いた時、すぐに思い浮かんだ漢字は「秋」。本田路津子の『秋でもないのに』という曲も考えたが、替え歌の鉄則はみんなが知ってる曲──だと思うので、『ちいさい秋みつけた』にした。
 元歌冒頭の「誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた」には、「籠池さんが」がピッタリ嵌(はま)ったと思う。
 元歌の「めかくし鬼さん」を「妻かくしアベさん」としたのは、作った当人がいうのもナンだが、けっこうスゴイと思う。
 「呼んでる野党と 民の声」で「怪しいアッキー 喚問を」という流れも、けっこう気に入っている。

 実はこの雑文を書いている今は、5/17(水)になったばかりの深夜0時20分。今日5/17には、共謀罪の法務委員会での強行採決が、噂されている。ぼく自身は、共謀罪の本質は、国家に異議申し立てをする人間のあぶり出しだと思う。
 「だったら、あぶり出されてやろうじゃないか!」などと考える、今日この頃である。

(17/05/17になったばかりの深夜)

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